インドでは、独立後60年近く教育を主に国が担当してきた。しかし、いまだに義務教育は実施されないままであり(非識字率は35%以上である)、1億2000万人の6歳から14歳の子供のうち40%が就学していないし、6分の1しか高校へ進学していないことなどから明らかなように、教育政策に問題が多く、全面的な見直しが急務である。
教育を国が担当しているため、国からの補助金に基づいて成り立っているが、政府が「質」よりも「量」を重要視しているため、以下のようなさまざまな矛盾が現れている。
● 公立学校の教育水準があまりにも低く、インドでは英語が就職の際に必須であるにもかかわらず、公立学校では英語教育が中学校から始まるため、都市部では、中流階級以下の人でさえ無理をしてでも子供を私立学校に行かせる。そのため、無料または安価なはずの初等中等教育の費用がかなり高くなってしまう。政府は私立学校の授業料の上限を設けているが、それでは私立学校は採算が合わないため、寄付金などのかたちで親から高額のお金を受け取り、結局、教育費が子供一人当たり、一般サラリーマンの月収の10%以上になっている(逆に、2003年から2%の教育税がかけられている)。一方では、高くてもいいはずの高等教育があまりにも安い(95%以上の補助金があるため、タダ同然である)が、公立学校で教育を受け、私立学校卒業の生徒と競争して大学に入れる学生の数は限られている。
● その辺の問題の手っ取り早い解決策は、公立学校の教育水準を向上させると同時に、学校数を増やすこと、そして高等教育の民営化であるが、不思議なことに、教育機会の均等化という名目上、政府が22.5%の席を国が指定した下層カーストや部族向けに留保しており、その枠が来年からさらに27%に増やされることになっている。しかし、一部の指定カーストの出身者(その大部分は経済的な弱者とは言えない人たちである。例えば、K. R. ナラヤナン故大統領〈指定カースト出身者〉の娘が同枠を利用し、外交官になったとか)は大学教育まで受けているが、大半が前述のとおり、初等中等レベルで中退してしまう。
● これらの理由のため、一般的には、教育の面で国にお世話になったという意識もなければ、卒業後、国造りに参加する意思もない。だから、インドの場合、頭脳流出の問題がかなり深刻である。要は、せっかく使われている高額の補助金(GDPの4%)の大半が無駄金になっていると言ってもあながち間違いではない。
最近、インドの人材とその背景にある教育制度が世界的に注目されているが、人口が多いから絶対数は多いものの、教育制度そのものは上述のような多くの矛盾が内在している。それらの課題を解決しないかぎり、インドの非識字率は低下しないし、貧富の格差もなかなか縮まらないだろう。